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駒形賞に思う

 1964年(昭和39年)に岩手県競馬組合が設立され、競馬が行われるようになりましたが、競馬番組には「特別」だとか「指定」という賞金の高いレースが行われるだけで、今のような特定の名称がついた競走はありませんでした。特定の名称がついた競走が始まったのは1969年(昭和44年)で、「いわての競馬史」(昭和58年発行)に掲載されている記録集には、以下のように残されています。

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 ここで5つの特別競走に名前がつき、水沢では神社の名前をとった「駒形賞典」と「日高賞典」、盛岡では盛岡城の名をとった「不来方賞典」、岩手山の別名にちなんだ「岩鷲賞典」、それと「黄金賞典」競走が行われました。その中でも「駒形賞典」は昭和44年5月11日、岩手県競馬組合初の名前付き特別レースとして行われました。


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 のちに「第1回駒形賞」とされるレースの出馬表と成績表。1600mで行われ、1番人気のヤザキ(峰崎進騎手、佐々木ニハ調教師)が1分46秒0のレコードタイムで優勝。



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 レース名の元になった「駒形神社」は、岩手県奥州市水沢の街中にあります。


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 駒形神社の横に水沢公園があり、この年表を見ると


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 1901年(明治34年)に「円形馬場に拡張整備」との記載があります。当時の水沢競馬場は、駒形神社の南にありました。円形馬場は約500mとのこと。この馬場は1909年に800mに延長。1924年には南側に移転拡張、1600mコースとなります。


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 1947年、国土地理院の空中写真をトリミングしたもの。右上に国鉄水沢駅があり、南北に東北本線が走っています。駒形神社の南に、旧水沢競馬場の馬場が見えます。1946年にコースは一周1200mに縮小。うすく1600mコースだった頃のあとがうかがえます。


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 こちらは1962年の国土地理院の空中写真をトリミングしたもの。競馬場の北に野球場などが見えます。市街地が広がり、水沢に詳しい方や在住者なら「ああ、ここのことか」と判るでしょう。岩手競馬の歴史を語る上で、駒形神社を欠かすことはできません。ただ、残念ながらこの旧水沢競馬場の痕跡を探し出すことはできません。



 さて、先にご紹介した、1969年(昭和44年)スタートの特別競走は現在、

日高賞…3歳牝馬の地方全国交流重賞(M1)
不来方賞…3歳三冠の重賞(M1)
岩鷲賞…古馬短距離重賞(M2)

とそれぞれ重要なレースとして現存しています。

 ところが、駒形賞は1973年(昭和48年)に重賞競走となりますが、条件はA2級、あるいはB級とされ、1996年(平成8年)の第28回には再び特別へと格下げとなってしまいました。歴史的なものを考えれば、駒形賞は上記3つのレース同様に重賞競走として水沢競馬の番組を飾るべき伝統の名称だと思われますし、今後競馬組合側でそういう検討がされることを強く希望します。


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 駒形賞は4歳馬ジェイケイブラック(石川調教師、実戦は山本聡哉騎手)に注目



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