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南部杯観戦記

 10月10日JRA東京競馬、第24回マイルチャンピオンシップ南部杯(JpnI)はトランセンドが優勝、岩手から遠征したゴールドマインは12着、ロックハンドスターは右上腕骨々折を発症し、発走後まもなく菅原俊吏騎手が落馬、競走中止となりました。


 デビューからずっとロックハンドスターを担当してきた阿部哲也厩務員から電話がかかってきたのは、競馬の翌日11日の夕方だった。こちらからは調教師にも誰にもあえて連絡は取っていなかった。

 「ロックハンドスター、大きく見せてたか?」

 阿部厩務員と電話で会話する時の始めは、決まってその日のロックハンドスターの(攻め馬、パドック、レースの)感想を求められる。短い言葉でも、実に難しい質問で。盛岡競馬場にいる筆者が場内テレビでロックハンドスターのパドックを見たのは2回、数十秒程度。阿部厩務員と歩くロックハンドスターは初めての場所でも落ち着いて周回しているように感じた。その分良く見えたと答えると、

 「あの子はそんなに大きい馬ではないよ」という阿部厩務員は馬体重の数字より、むしろ体を大きく見せているかどうかをいつも気にかけていた。456キロの馬体重は青藍賞時よりさらにマイナス2キロだったが、長距離輸送を考えれば計算通りか。それより、おとなしかったのではと答えた。初めて大井のパドックを歩いた時はしばらくヘソを曲げてうるさいところを見せていたロックハンドスターが、1人引きでも全く阿部厩務員を煩わせるようなことがない。

 「大人になったよねぇ。もう桐花賞の頃からは1人で引いていてもいいくらいだったな」、東京競馬場へ行った任務を分かっているようにロックハンドスターは毅然とした態度で歩いていたのだろうか。

 岩手競馬の重賞ファンファーレが鳴って南部杯のレースが始まり数秒後、ロックハンドスターは画面に映らないところで競走を中止してしまった。さすがの筆者も呆然となり、トランセンドが差し返して勝ったくらいの程度しか、レースの記憶はない。

 いつもああだこうだとロックハンドスターやレースのことについて長々と激論を交わしてきた二人も、この日はとぎれとぎれの会話。なにか声を出そうとすると口が震える。作り話のような取り返せない事実を前に、なんと声をかければ良いのか分からない。

 「パドックを歩いているとロックハンドスターがんばれ、俊吏がんばれっていっぱい声が聞こえるんだよ。もうそれでレース始まる前から涙が出そうだったな」と阿部厩務員は感謝の言葉を口にした。ならば、それで十分じゃないだろうか。レース結果を除けば…。ロックハンドスターは筆者の想像なんかをはるかに超える存在感を示していたのではないか。

 「なんだか、どう電話を切ればいいのか分からないね」

 「そうですね、じゃこうしましょう。明日朝また(厩舎で)会いましょう」と筆者は返し、電話を切った。明日(水曜日)からは、また岩手競馬の新しい一週間が始まるよ、という意味を込めて。

 翌水曜日、厩舎へ行くと阿部厩務員は黙々と別の馬の運動をしていた。別になにを話すでもなく軽く会釈をして別れた。空き家になったロックハンドスターの馬房の前には飼い葉桶が置いてあり、花とリンゴとニンジンが供えられていた。


 ケイシュウ深田の南部杯観戦記はこれだけです。



 2009年2月9日、初めてロックハンドスターにあった時


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  1. 2011/10/13(木) 21:39:48|
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